わざと嘘をつくことで得られるもの
イーロン・マスク率いる xAI が公開した「Grokipedia」は大富豪本人の言葉によれば「真実を提供するためのもの」だとのことですが、だとすれば彼は「真実」ということばをずいぶんと政治的に使っているといえます。
Grokipediaは「AIが作った百科事典」だと豪語していますが、実際には Wikipedia からそのまま抜き出された記事が多く、図表を含まないぶん不正確な実装になっています。
一方で、イーロンの世界観に合わない部分は意図的に書き換えてあるのが目立ちます。
- ワクチンと自閉症という、学問的には決着している問題について懐疑的な態度をとっている
- 気候変動についても Wikipedia の警告のつよい表現がやわらかく書き換えてあり「環境活動家が警鐘を鳴らしている」といった表現に
- トランスジェンダーについては「トランスジェンダー主義」といった、Wikipedia では侮蔑語であると指摘されている表現を使用
- 一部の人種は他の人種よりも知能が高いといった、研究結果とは異なる記述
Grokipedia is racist, transphobic, and loves Elon Musk | The Verge
Wikipedia の記述はノートなどで議論をした成果がページに反映されますが、Grokipedia は情報の多くを Wikipedia に依拠した上で、政治的に気に入らない部分だけを手続きをふまずに書き換えているといってもいいでしょう。
この場合の「手続き」は完全ではないにせよ、過去の研究、議論、妥当な表現の落とし所の模索です。Grokipedia の手続きは「俺がそういったから」なのです。
Grokipediaが公開されたのが、Twitter (X) のアプリから外部リンクが開きにくくなたタイミングと同じなのは注目すべきです。Grokipedia は Wikipedia を直接滅ぼすつもりなのではなく、大半の情報を都合よく使いつつ、自分の世界観に合わない情報の流通に手を加えることで真実を「人によって違うもの」にするつもりだといえるかもしれません。
これはフェイクニュースと同じ構造です。フェイクニュースは嘘そのものよりも、真実への信頼、真実の情報の流通経路を Disrupt することによって、読み手の心に疑いを生じさせます。真実に至る道に小さな躓きの石を置くだけで、ユーザー全体ならば数パーセントの人がそれにぶつかります。そしてその数パーセントは選挙の結果を変えるのに十分なのです。
私がGrokipediaをみていて警戒するのは、それが不正確だからというだけではなく、真実の流通経路を変えるものだからです。そういう意味で、嘘をつくこと、嘘を膨大な量で流通させることには政治的なメリットがあるのです。
これに対抗するには、Twitter (X) を使わないといった抵抗手段を講じるしかありませんが、ここにも昨日紹介した Enshittification の罠があるわけです。
嘘をつく人が、その嘘ゆえに、嘘を信じる人々の支持のもとに権力と資本を簒奪できる世界に、どのような形で抵抗すればいいのでしょうか。